今から18年前のある日、衝撃的に出逢ったピアニスト、チューチョ・バルデス。
当時クラシック音楽の世界の中で生きて来た私に新しい世界を見せて教えてくれた師匠であり、テレビやニュースではグラミー賞を受賞したり様々な伝説のコンサートを作り上げて行っている事は知っていても、どんなに追いかけても会う事も近づく事もできなかった私にとっての幻のピアニストでした。
チューチョの名のつくCDは片っ端から聴き、その中でも気に入った数枚のCDは割れそうなほど聴き続け、さらにその中の何曲かを聴音して楽譜に起こして弾いたりしながら一体どうやったら本人のような美しく爆発的な喜びに充ちた音を出す事ができるのかと悩み続けてきました。
この18年間の間には、ブエノスアイレス・東京・マドリッドなどで偶然チューチョの演奏を聴く事が出来た事もあったし、今から10年前の2004年にはハバナ市のアマデオ・ロルダン劇場で共演を果たす事も出来ました。そんな素敵な巡り合わせがありながらも、チューチョは私にとって常に幻の師匠であり、永遠に追いかけ続けていこうと思う存在でした。
数ヶ月前のある日、何故か携帯電話がなっている気がして電話を鞄から取り出してみた瞬間に着信音が鳴り始め、電話に出てみると
「Sabes quien te llama?(私が誰だか分かりますか?)」
とキューバ訛りの声が聞こえました。
その声の持ち主はチューチョでしした。
今年私がリリースした「ソナタ・侍」をリスボンで不思議な偶然によって耳にしたチューチョ。まさか10年前に一緒に演奏をしたあの子がと、祝福の為に滞在先のポルトガルから電話をかけてきてくれたのです。
その日以来、南スペインのチューチョの家に遊びに行ってピアノを弾き合ったり、私の作曲中の曲にアドバイスをもらったり、チューチョの書いている曲の曲名を一緒に考えたり、東京公演にやって来た時に一緒に散歩をしたり食事をしたりと、今までは夢ですら想像もしていなかった距離でチューチョと会えるようになりました。
18年間どんなに知りたくても知る事のできなかったチューチョの音の根源、爆発的な喜びでできた音の塊がまるで地上の一点から光になって宇宙に広がって行くような音はどこからやってくるのか。
その答えは未だ持って分からないままではあるのですが、私の今までの体験では想像すらできないほど沢山の苦しくて悲しい人生の出来事をチューチョは自らが奏でるピアノの音によって励まされ自らを奮い立たせながら今日の音を奏でているのではないかと最近感じるようになりました。
昔私がキューバに住んでいた時も、アマゾンのジャングルやアフリカやアジアの田舎に行った時も同じ事を思った事があります。
嬉しくて楽しい人生だから、音楽も嬉しく楽しくなる訳ではなく、むしろその反対の現実があるからこそ魂から望む喜びと希望を音に託すのではないかと・・・。