自然と響き合う息のむほどのハーモニー
春日大社にコロンビアの土偶
かつて南米コロンビアのサンタ・マルタで、アンデス山脈の土偶オカリナとピアノのデュオコンサートを行った。同様のコンサートを日本でも開催することになった。会場は約1400年の歴史を持ち、奈良市の世界遺産である春日大社になった。
「オカリナ」と呼んでいるが、実際はアンデス山脈の山中で発掘された土偶だ。息を吹き込むと音がする。アンデスの神々をかたどった千年ほど前に作られた楽器だ。普段は重要歴史文化財としてコロンビアの国立博物館の箱の中に保管されている。
かねてから私が働きかけてきた思いが実り、国境を初めて越えて日本へやってくる許可を博物館が出してくれた。コロンビア大使館の協力も得て、旧知のコロンビア人オカリナ奏者フェルナンドが国立博物館の学芸員と2人で来日することとなった。値段のつかない歴史的考古物を国外に持ち出す手続きは想像以上に大変だったが、なんとか無事に到着した。
来日時、国宝級の文化財11点をどんなスーツケースに入れて持ってくるのかと思っていた。そしたら意外にも学芸員のリュックに文化財が収まっていた。「100均」のタッパーの中で、緩衝材とガムテームに包まれて運ばれてきた。
コンサートは、春日大社の本殿前の「林檎(りんご)の庭」にグランドピアノを搬入して、開いた。忘れられないほど印象深いコンサートになった。当日は、怖いほど張り詰めた静けさが漂う夜だった。オカリナの音は、コロンビアで聞いた時とはまるで違う響きがしていた。
春日大社近くの神聖な森で耳を澄ませていた鳥や虫、動物がオカリナの音に反応し、時折一緒に歌っているようだった。音の合間には風が吹いた。これほどに美しい森と自然とのハーモニーがあるものかと我ながら息を呑んだものだった。
まるで、楽器が意志を持ち、響きたい場所を選んで奏者を動かしているのではないかという気持ちがした。
その後になって聞いた話なのだが、国宝の取り扱い条例を博物館が確認してみたら、オカリナが海外に持ち出しできない文化財だったそうだ。国境を越えるコンサートは、本当にいつもいろいろな奇跡が起こるものだと思う。