アンデスの土偶に息を吹き込む
内戦下のコロンビア
南米コロンビア北部のサンタマルタ市を訪れたことがある。コロンビアの音楽仲間から「オカリナとピアノのデュオで演奏会をしないか」という招きがあったのがきっかけだった。
その音楽仲間のコロンビア人作曲家兼フルート奏者のフェルナンドとは、その20年以上前にキューバの音楽祭で出会った。長年の親友であり尊敬するラテン音楽の師匠でもある。 コロンビアは、2016年までゲリラ革命軍との内戦で混乱を極めていた。約半世紀にわたって25万人以上の死者を出していた。特にゲリラの本拠地であった山間部では、多くの先住民や伝統文化が消滅の危機にさらされていた。
フェルナンドは、命懸けで音楽と向き合っている戦士のような音楽家だ。単独で山奥地へ録音機材を持って赴き、伝統音楽や楽器を記録し、コロンビアの宝を守り抜こうとしていた。 フェルナンドが見つけてきたオカリナは、コロンビア最北の山岳地帯から出土した土偶だ。国立博物館の調査では、千年以上前に先住民が神々を呼び起こすために作った神器なのだという。
この土偶のオカリナに息を吹き込むには博物館所蔵とはいえ、先住民のコギ族の首長の許可を得ることが必要だった。首長は「音が出てこそ神々が息をする」と言って快承してくれた。さらに私たちの演奏会のために3日もかけて山を下りてきてくれた。コギ族の人々は全身に白い服をまといとても小柄だった。
土偶は鳥に加えゴリラや宇宙人のようないろいろな形をしていた。どの土偶からも、絶対音感では聞き取れない音が鳴り、鳥肌が立った。
演奏会は野外劇場で行った。アンデスの山からの風が船となって、オカリナの響きを果てしない空へ運び届けているように感じた。ピアノを弾きながら星空を見上げると、海側から二つの雲がこちらに迫ってきた。なぜか頭上を通過するときに突然豪雨が降り注いだ。こんな天気もあるものかと呆気に取られながらもピアノを弾き続けた。
大慌てでピアノにビニールシートをかぶせた時には、再び満天の星空に戻っていた。水が万物の根源と考えるコギ族の首長は「あのオカリナの音が雨を呼ぶのは当然だ」と動じなかった。