探し求めていた音世界
アイヌの姉妹
テレビ番組の音楽制作の取材で北海道・阿寒湖を初めて訪れることになった。番組は大自然の豊かな恵みとともに暮らすアイヌの家族の物語を取り上げた。
初めて訪れた季節は阿寒の森が黄金色にきらめき輝く秋だった。アイヌの姉妹の案内で深い森へ連れていってもらった。山ぶどうなどが実り、足元にはキノコがひしめき合って生えていた。透明な川には魚がいっぱい泳ぎ、そばには野生動物が休んだり浸かったりした跡があった。
彼女たちは動植物の生態系を熟知していた。食糧や薬草の採り方を心得ていた。ヒグマや野生動物が残した足跡やフンの状態を見て、動物が近くにいるのか、何を食べているのか察知する。時々、木々に話しかけ自然のカムイにあいさつをしていた。森に最大の敬意を払うその姿が心に深く残り、この人たちの一年を通して自然との付き合い方を見つめてみたいと思った。
北海道での仕事は続き、1年半の間、毎月阿寒湖に通った。通ううちに特に親しくなったアイヌの姉妹は年も私と近く、会うほどに2人の魅力に引かれた。とにかく2人はよく働く。妻として母として家事をこなし森から生活の糧を収集し、採ってきた草木で鞄や服を編み、絵を描き刺しゅうをする。阿寒湖の食堂やカフェを営み、ラジオのアイヌ語講座で講師を務め、その合間にアイヌ音楽のライブのため、口琴やトンコリ(樺太アイヌの伝統弦楽器)を持って日本や海外へ演奏旅行に行く。彼女たちのバイタリティと想像力にはとても追いつけないほどのすごさがあった。
2人の歌う声を聴いた時は衝撃を受けた。アイヌの音楽には主旋律や和声がなくて、短いモチーフを永遠と繰り返したり輪唱して紡いでいく特徴がある。現代的な音楽に慣れている人は、音楽の流れの中に起承転結や主旋律を見出したくなりがちだが、アイヌの音楽はそれとは違う次元にある。まるで、一つのモチーフが木の葉一枚一枚で、その一つ一つが同じようでちょっとずつ違い、それが無数に重なっていくと、まるで大木が立ち上るかのような響きを生み出す。
聴いているうちに、歌っている本人も聴いている自分も、気づいたら透明になって森の木そのものになっていくような気がするのだ。音世界を探して地球中を周ったのに、実は自分が生まれ育った国の間近な北にその音楽はあった。