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中部経済新聞連載「マイウェイ」第25回

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圧倒された美しい音

チューチョ・バルデスと共演
演奏会に呼ばれ、再びキューバに訪れた。共演が決まったチューチョ・バルデスはいくつもグラミー賞を受賞しており、常に世界中をコンサートツアーで巡って忙しかった。彼がアルゼンチンからフランスに移動する合間に、私のコンサートのためにキューバに立ち寄ってくれることになった。本番当日に2時間ほどリハーサルをして、そのまま演奏会を迎える段取りになった。
緊張が募る一方だった。チューチョ・バルデスと2台のピアノで一緒に共演することは長く夢に思い描いていた。それなのに、いざ実現すると緊張して手も足もガタガタと震えて腹にも力が入らなかった。
「やあ、おちん!」。突然舞台袖から巨大なチューチョが入ってきた。彼は私が弾くピアノにあった楽譜をサッと手に取ってジッと数秒眺めた。それを私のピアノの譜面台に再び戻し、自身のピアノの前に座った。「さあ、あなたから弾きなさい。私はついていくから」と言って、最初の曲を私に弾かせた。
いつも聞き慣れたシンプルな自分の曲にチューチョ・バルデスが最初は静かに、そしてだんだん激しく音を合わせていく。2台のピアノが共鳴し始め、その響きがうねり、まるで生き物のように会場を飛び回るようだった。私がつくった曲の旋律の回りに巨大な光の柱が立って、それが花火のように打ち上がり、空間全てをあらゆる色彩で照らした。
チューチョ・バルデスが発する音は、私がこの世で聴いた何よりも美しかった。その迫力に圧倒された。一方で自分のピアノの音が貧弱に感じた。自分の音はますます薄れて、最後の方は聞こえなくなるほどだった。「川上ミネ、完全惨敗」。チューチョ・バルデスがあまりにすごすぎて、共演などと口にしたのも申し訳ないと思うほどの天才ぶりを感じた。
コンサート自体は成功した。なんとか無事に日本キューバ国交樹立記念コンサートは終了したのだが、その半面、私の心には大きく揺るぎない新しい目標が生まれた。
目標は、再びいつか一対一でチューチョ・バルデスとピアノ2台でピアノリサイタルを開くことだった。会場はオペラハウスのような大きな舞台。そのためにも対等にピアノが弾けるようになるまで精進し、筋力や作曲力、テクニックをつけることを心に誓った。

  • 2023年03月30日(木)00時58分
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