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PIANIST | MINE KAWAKAMI オフィシャルサイト | DIARY

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空から生ハム

5月に入ってから、庭が楽しい季節になった。
マドリッド郊外の山にある田舎の我家の庭は600坪以上あって手入れをするのも嫌になる程広いので基本的には自然に任せて放ったらかしにしている。犬も勝手に散歩に行って穴を掘ったり、リスを追いかけたりして日がな一日庭で遊んでいる。
今週は庭一面がカモマイルの花畑。この調子で行くと、来週はアマポーラが咲き始めそうだ。

この季節の大きな楽しみはピアノの練習の合間の息抜きに庭に出てコーヒーを飲みながらの蟻観察。
寒い季節には一体どこにいたのかと思うほど、5月になると彼らは一気に地上での活動を開始する。

どうも蟻も家系によって微妙に体格が違うらしくて、我庭でも2家族が暮らしている(らしい)。一つは手足や触覚が長くほっそりした美形な宝塚系一族で、もう一つは骨太でガッシリした縄文系一族。多分種類的には「同じ種類の蟻」なのだろうが、見た瞬間にどっちの家系なのかがわかる。でも、それぞれが忙しく社会生活を送っているようで、この2族が喧嘩をしているとことは今まで見たことはない。

庭中にピラミッドのように完璧な形をした噴火口付きの富士山みたいな蟻の巣の出入り口がいっぱいあって、出口専用、入口専用、偵察隊専用出入り口、エサ搬入出入り口、非常口・・など、用途によって分けられている(っぽい)。
どうも全員がなんらかの担当部署に属しているらしく、中でも偵察担当はどことなく堂々としていてカッコいい。未確認物体が出入り口の近くに飛来すると、それを発見した誰かが偵察担当に伝えにいく。話を聞いた偵察担当部長がその物体を自ら確かめに行く。それが食料だとわかると、一体どうやって伝えるのかわからないのだがあっという間に運送担当部員が何匹かで駆けつけてあっという間に巣の中に運んで行く。

ある日コーヒーを飲みながらふと実験をしてみようと思った。クッキーと生ハムのどちらが好きなのかなーと。

一つの噴火口の上にはジャムのついたクッキー、もう一つの噴火口の上には生ハムの切れ端をのっけて蓋をしてみた。

すると普段は威風堂々としている偵察隊が生ハムの周りを何周かしたかと思うと狂喜乱舞で狂ったようにバタバタとハムの周りを暴れまわり、すると1分もしないうちに10匹くらいの運送員がワーっとやってきて生ハムが見えなくなるほど覆い被さり、一心不乱に口でチョキチョキと生ハムを切り始め、あっという間にバラバラに切り離して小さくなった生ハムをくわえて巣の中に消えてしまった。その時間、およそ約5分。
隣の山のクッキーを見てみると「えー、なんかなぁー」的なヤル気のない運送係が2、3匹、めんどくさそうにクッキーの粉を加えて巣に持ち帰ろうとしていた。

やっぱり蟻も生ハムの方がいいらしい。

翌日は昨日よりも更にひと回り大きなサイズにしてみることにした。今度は噴火口だけじゃなくて富士山そのものを覆う大きさ(直径3センチくらい)。
ハムのあまりの大きさにちょっと噴火口が崖崩れを起こしかけたが、そーっと置いてみると、ヤッパリ昨日のように5分で偵察隊→運送屋→ハム消える。

棚からぼた餅、空から生ハム。
ああ、きっと人間社会も実は蟻と同じで私たちが認識できていない大きな存在がこうやって全てを上から見ていて、ある日突然そっとぼた餅を置いて行ったりするのだろうか・・、君たちはなんて幸運に恵まれた部族なのだ、宝くじに連続して大当たりしたかのごとく毎日空から生ハムがタダで降ってくるんだぞ、これでこの穴の一家は大繁盛、女王蟻様も今頃ご満悦・・そう思いつつ次の日も次の日も生ハムを置いてみたのだった。

ところが、狂喜乱舞で祭状態だった蟻たちも日を重ねるとどんどん生ハムへの感動が薄れていくのか、反応が鈍くなって行った。生ハムカット隊も到着が遅くなり、出動員数も日に日に減って行き、4日目になるとハムを置いても誰もやってこなかった。

そして5日目。
朝起きてコーヒーを飲みながら昨日生ハムを置いた場所を見てみると・・・。昨日の生ハムがそのまま干涸らびてその下の噴火口そのものが崩れ落ちて穴が塞がり、富士山が廃坑になった鉱山のようになっていた。
他の出入り口は相変わらずいろんな蟻が忙しそうに出たり入ったりしていた。

蟻って、足るを知ってるのか。
大きな存在ってのは、人間より蟻の方なのだったりして。

  • 2017年05月15日(月)02時20分
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