100年のピアノに深い響き
奈良県
新型コロナウイルの拡大によって全ての音楽コンサートが中止となり、何も予定がなくなった。そんな中、私が以前から担当していた「やまとの季節七十二候」という番組の音楽制作に関して、NHK奈良放送局が、私のドキュメンタリー番組をつくることになった。
「やまとの季節」は、奈良在住の映像作家保山耕一さんがレンズを通して見つめた奈良の季節(七十二候)を、私が作曲・演奏するピアノとともに描く番組だ。ピアノは100年以上の歴史があるものを使用する。
「やまとの季節」は、コロナ禍で疲れた多くの心に受け入れてもらえたのだろうか。特にNHKのネット配信では想像を超えて多くの人々に見ていただけた。視聴回数は累計で数百万回に上った。
奈良は、一般家庭でのピアノ保有率が日本で最も高い県である。調べてみると、驚くほど古いグランドピアノが思わぬところで見つかったりする。
昔、キューバで暮らしていた時から感じていたことなのだが、古いピアノは樹齢の高い木にどこか似ていると思う。ピアノは簡単に動かすことができない大きな楽器だけに、一度設置されるとその場所にじっと佇んで年を重ねていく。その間に多くの人がそのピアノに関わっては去っていく。樹齢の高い大木にたくさんの鳥や動物が世代を超えて集まってくるかのようだ。
奈良県立桜井高等学校(奈良県)に、100年間大切に守り継がれてきたグランドピアノがある。ドキュメンタリー番組では、そのピアノを特別に使用させてもらって撮影をした。100年という年月の間にこのピアノの周りに集まり、演奏し、歌った生徒たちの一つ一つの記憶がその音に刻まれているようだった。新品のピアノには全く存在しない深い味わいを感じさせる音がした。
ピアノという楽器は、完成して工場を出た時からも成長を続けると思う。人間と同じようにさまざまな出会いや体験を一つ一つ楽器の奥に刻み、それが楽器の個性となって生き続ける。
ドキュメンタリー番組は「音のかたち」と言う番組になった。その後、国外でもさまざまな言語に翻訳されて国際放送として放送された。その番組を見た地球の裏側の人からもメッセージをいただけたことは、私にとって大きな励みとなった。