「風や光や香りを奏でる」役割を知る
チューチョと再会
再び運命的な出会いがあった。私が監督とソリストを務めた日本スペイン交流400年開会式コンサートがスペイン国営放送で放送された。世界的に活躍しているキューバ人ピアニストで、かつて私と共演したチューチョ・バルデスがたまたまポルトガルに演奏に来ていて、その放送を見ていたのだ。
そして、偶然そのツアーに私がいつもお願いするピアノ調律師が同伴していた。調律師がその場で私に電話をかけてきた。思いがけない電話を受けた私の手は震えていた。チューチョは「最近、グランドピアノを新しく入れたので良かったら一緒に弾いて遊ばないか」と夢のような提案をしてくれた。私は1秒も置かずに「行きます!」と答えていた。
それから数週間後、スペイン・マラガ行きの電車に乗った。ピアノで苦しい時、いつもチューチョの音楽に励まされてきた。いつか彼と対等に演奏会が出来る日を目指しここまでピアノを続けていた。その本人の家に向かっている現実が信じられなかった。
邸宅は地中海を一望できる小高い丘の上にあった。ピアノスタジオで日が暮れるまでチューチョとピアノを弾き合い、語り合い、色々な話をした。
チューチョの壮絶な生い立ちの中で、ピアノが救いの光となり彼を支え動かしてきたことを、本人の手書きの楽譜や楽器を見て心から感じた。巨大な手で一つ一つ書かれた音符の中に強烈な音霊が宿っていた。その音が鍵盤を通して舞い上がり、聴いている人々を揺るがすのだと確信した。
チューチョの音楽はアフリカにルーツを持つ。リズムが大きな役割を果たしていて、ピアノもまるで打楽器のように激しく、そして繊細だ。
その10年前にキューバ・ハバナで共演した時、彼の爆発的な音に隠れて自分の音が聴こえず共演した気がしなかった。それは私の課題であり、乗り越えたいと思っていた。私の音楽は彼の音楽に比べて弱々しくて、浮遊する空気のようだと思っていた。
しかしチューチョは私のピアノを聴いてこう言った。「私たちは、ともに地上で音楽を奏でる役割を約束して、ここに生まれてきたのだ。私は大地と地球の音を奏でる。ミネは目に見えない風や光や香りを奏でる。同じピアノという楽器でも、それぞれが奏でる役割は違う。だからこそ、美しいハーモニーが立ち上るのだ」。
その日、再びチューチョと2台のピアノのリサイタルをする約束をした。