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中部経済新聞連載「マイウェイ」第48回

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自由に演奏、弾くたび生まれる音

五線譜はキャンパス
途方もない地球放浪の長旅に私を導いたものの一つは「楽譜」だった。
今ではタブレット端末が一つあれば世界中の楽譜を瞬時に得ることができるが、昔の楽譜は重たい存在だった。ベートーベンのヘンレー版ピアノソナタ全集は、分厚くて石のように重い。ショパンのパデレフスキ版は製本の糸が緩みやすく落とすとバラバラに崩壊した。かつてはコピーした楽譜をレッスンに持参することがなく、何冊もの分厚い楽譜をかばんに詰めて移動した。
楽譜には師匠から教わるポイントや注意書きなどを直接書き込んだ。自分にとってバイブルのような存在であり、肌身離さず持ち歩いていた。時には長い距離を持ち運び、あまりの重さに首肩が凝って演奏に支障をきたした。
楽譜に徹底的に忠実に演奏することはクラシック音楽で基本だ。レッスンやコンサートで楽譜にはない間違った音を弾いてしまった時に師匠や観客から発される冷ややかなプレッシャーもまた重かった。大学を卒業する頃には「これではまるで十字架を背負って、ゴルゴダの丘を歩いているみたいではないか」と思い始めた。
自由で肩こりに悩まないピアノ人生を送るため、なんとかこの重荷から解放される道を模索してきた。そのうち自身で曲を書き、頭の中に楽譜をしまう方法にたどり着いた。
楽譜をつくるのは、まるで自分でおきてを決められる国の主人になったようだ。自由で気楽。手書きの楽譜は図面にも見える。音符で表現しきれない音は絵や文字で描く。五線は真っ直ぐばかりではない。時々曲がったり、ねじれる音符が逆向きになっている。楽譜は私にとって自由にピアノを弾くためのメモのようなものだ。弾くたびに違う音になる曲でもいいのではないかと思っている。
一般に発売している私の楽譜もある。リサイタルには私の曲を演奏してくれている同業者の方も多く来られる。演奏会後のサイン会などで皆一様に「演奏が楽譜通りではなかった」と言う。すると、私は「楽譜に縛られないピアノ曲があってもいいのではないか。テンポも音も自分が心地よいと思えるように楽しく自由気ままに弾いてください」と伝えている。

  • 2023年04月27日(木)17時37分
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