マドリード王立劇場で演奏会
日本スペイン交流400年事業
遠い昔に東北地方の仙台藩から海を渡ってスペインまでやって来た「侍」がいたという。時代は約400年前。この史実を知ったきっかけは、2011年の東日本大震災だった。スペイン暮らしの自分にも、何か行動できることはないか色々調べていた。
すると、あるスペイン人宣教師の回顧録を見つけた。回顧録によると、1611年、日本の三陸沖を航行していたスペインの船が慶長大地震による大津波で大破した。スペイン人宣教師たちは村人に助けられ、仙台藩の藩主伊達政宗と出会ったという。政宗の力も借りて彼らは船を再建し、現在のメキシコであるスペイン領土に返されることになった。
その船にスペインへの外交使節が一緒に乗り込んだ。「慶長遣欧使節(けいちょうけんおうしせつ)」と呼ばれ、23名からなる使節の代表は支倉常長(はせくらつねなが)が務めた。伊達政宗が地震津波被害からの復興の糸口を外国貿易に見いだしていたのだと言われている。
実は今も、日本に戻らずスペインにとどまった伊達藩の侍の子孫と言われる一族が千人近くアンダルシア地方で暮らしている。遠い昔の震災に端を発する壮大な国際交流が今日までつながっているのだ。
これはぜひ音楽を通して表現したい、と思い立った。支倉常長の旅路を取材し、作曲、演奏をしたいと思ったのだ。在スペイン日本大使館の大使に提案したところ、日本スペイン交流400年という節目の開会式イベントとして演奏会を開くことになった。
この演奏会は多くの人が関わり、想像以上のイベントになった。13年6月にマドリードの王立劇場で開催され、日本の当時の皇太子殿下とスペイン国王夫妻が臨席され、スペイン国営放送とNHKが共同で放送するという巨大な音楽会となった。
ピアノソロ、フラメンコ、能、オーケストラを入れた約2時間の組曲として作曲し、自らソリストと芸術監督を務めた。表現したのは、宮城県の小さな港から出帆した侍たちが海を渡りスペインに到達し、徒歩でイベリア半島を横断してスペイン国王に謁見(えっけん)し仙台へ戻る、という7年間の旅路だ。
演奏会は今思い出しても本当に大変だった。100人以上のスタッフと出演者をまとめる上に自分で作曲して演奏と指揮もした。ただ、この演奏会を通して出会った多くの人とのご縁が、また新たな架け橋となって、日本とスペインを結ぶ道をつないでいくと感じている。