今日のひとこと
スペイン・・特にアンダルシアの景気の悪さは凄いです。
失業率はウナギ登り、個人商店は次から次へと閉店、バルのお昼のメニューも1~2割ちかく安くなりました。また公務員も給料を大幅に減らされることになり、全国でストライキを起こそうという傾向が起きています。そして、仕事が忙しいだなんて人に言うと、周りから珍しがられる・・・そんな凄さです。
さらに凄いのは、そこに暗さがないことです。
仕事がないと文句を言いながらどこのバルも賑わい、皆元気におしゃべりして飲んでいます。でも、確かによく見ると皆安いワインを飲んで、料理は注文していない・・そんな傾向はあります。
いつも行く、家の向いにある「リンコン」というバルの主人、エミリオもこの不景気に頭を抱えていました。以前は一人3杯はワインを飲んでくれて生ハムの一つも注文してくれたのに、最近は最も安いワイン一杯だけで5時間くらい居座られるそうです。
確かに店内を見渡すと失業したおじちゃん達が、失業保険でまかなえる程度のワインを一杯だけ注文して明るい時間から深夜の閉店時間まで粘っています。
「この状況をサパテロ首相に直接見てもらいたいものだよ」
とこぼしていました。
そこで思わず、
「公務員割引と自営業者割引をしたらお客さんがふえたりして!」
と冗談で提案したら、それを本気にしたエミリオが翌日から店の前に
「公務員には全品5パーセント引き」
「自営業者には全品10パーセント引き」
という大きな看板を作りました。
そこからです。凄い展開が起こったのは。
翌日のコルドバの新聞にこのバルの写真が大きくカラーで掲載されたのです。
実はこの店の常連で、失業者のような風貌をしたフリオというおじさんが、コルドバ新聞のコラムニストでこの記事を取り上げたというのです。
「コルドバでも不景気によりバルに異変」
そんな記事になっていました。
すると翌日は、テレビ・アンダルシアがお昼のワイドショー番組に中継車を出してこのバルとエミリオを紹介し、さらにその翌日には全国紙「エル・ムンド」で写真付きで掲載。
そのまた翌日には、国営テレビのお昼の情報番組「エスパーニャ・ディレクト」と言う番組で生中継でバルを紹介・・・。
そしてついには全国放送の「今日のニュース」で、サパテロ首相のニュースの後のニュースで
「先日、公務員の給料を減給するとしたサパテロ首相の失政のせいでこんな現象が地方では起きています」
とばかり、このバルが報道されたのでした。
すっかり有名になってしまった寂れたバル「リンコン」とエミリオ。
美人な記者にマイクをむけられて
「どうやってその人が公務員か自営業者と確認するのですか?」
と質問されたエミリオは、
「簡単です。給料カットで怒っている顔の人は公務員、倒産してしょんぼりしている顔の人が自営業者です」
などと、これまた調子よくしゃべっているではありませんか。
こんな出来事があって、エミリオのバルは今プチ・バブルとなっています。
我ながら人生って凄いなと思ったのは、こんな小さなきっかけ一つで、夢が叶うこともあるんだ、と思ったことです。
これだけ大きく全ての新聞にもニュースにも出たのですから、サパテロ首相はきっとエミリオのバルを見たと確信しています。
そしてもう一つ学んだこと・・人は見かけだけで判断してはいけない、と言う事でした。
毎日安い酒一杯だけで飲んだくれて、帰る家もなく奥さんにも見放された失業者の「風貌」だったフリオが実は、どこの書店に行っても店頭に並ぶ本の執筆者で、複数の新聞のコラムニストだったとは・・・。
家の近所にチーチョという、ジプシーのフラメンコ歌手が住んでいます。
別名、「コルドバのパバロッティ」と言われるほどの声量と体重で、なかなかの歌い手です。
彼と初めて出逢った時の印象は衝撃的でした。
ジプシーのお祭りの夜、レッドツェッぺリンの4人がプリントしてあるTシャツを着て舞台に登場したチーチョ。
あまりにも彼のお腹が大きいため、シャツにプリントされた4人が識別不可能なほどパンパンの下膨れになっていて、Tシャツの文字を読むまでそれがレッドツェッぺリンだとは解りませんでした。
どう見ても体重200キロはあると思われます。
チーチョの声は野外だと言うのに、何処までも響き渡って、彼の素晴らしいフラメンコの歌声に多くの人が酔いしれるほどでした。
そのチーチョと、夕べ久しぶりに犬の散歩をしている時にバッタリ出会いました。
これからどこかのコンサートに歌いに行く途中だったのですが、珍しく私に深刻な顔をして
「良いアイデアがあるんだ、聞いてくれ」
と言います。
聞いてみると、スペインは不景気でフラメンコも最高に不景気なので、日本に行きたい。しかも自分は料理が得意なので、日本でスペインレストランを開いて、昼は食事を仕込んで夜は自分で歌うから、何とかして自分を日本に連れて行ってくれ、と言うのです。
確かに、スペインのフラメンコの世界で生きるジプシー達の間では日本に行けば一発大儲けができるという神話があって、私もよく聞かれるのですが・・・。
私には残念ながらチーチョを日本に連れて行けるだけの手助けはできないのですが、これだけの歌声を持つ彼ならいつかきっと誰かに見染められて
日本に来る日もやってくるかもしれません。
でも彼のサイズだと、お相撲さん仕様で、エコノミークラスの座席2席かファーストクラスくらいの広さじゃないと席にはまらないかも・・・。
今日のコルドバはこの季節なのに珍しく一日雨が降りました。
今日の雨は面白くて、空の奥にはずっと青空が見えているのに、その下を通過する雲が雨と一緒に街の上を通り過ぎて行くのです。
ピアノの部屋からはオリーブ畑や麦畑が地平線まで見渡せるのですが、今日の雨でオリーブの木々も麦の芽もヒマワリのつぼみも、なんとなく喜んでいるような、不思議な力を感じるような気がしました。
今日もとうとう家から一歩も出ることなく鍵盤とにらめっこの一日でした・・。
明日こそは新たな風が吹くに違いないと信じて、今日は降参です(昨日も同じ事を書いたような・・)。
7月にスペインでリリースする予定のソロアルバムの録音日がどんどん迫ってきてしまいました。
今月の23日から3日間、マドリッドのスタジオでのレコーディングです。
それにしても、どんなに踏ん張っても出てこない日は出てこないものです。
今日は一日ピアノの前でうなり倒している間に深夜となってしまいました。
そして、本日新たに生まれたのは譜面台の下にたまった消しゴムのカスの山のみ・・・。
一度、ユーチューブか何かで坂本龍一教授が出てきて、「一体一曲書くのにどれくらいかかるのですか?」
という質問に
「8分です」
と答えている姿を見たことがあります。
ああ、教授の神様が私の元にも降りてくれたらどんなにいいでしょう・・・。
昨年、スペインで教授にお会いした時に一緒に撮った写真を今はパソコンのデスクトップ画面にお守りとして入れているのですが・・。
明日には明日の風が吹くと信じて、今日は諦めて床につきます。
夕べ、テレビで映画「プリティ・ウーマン」を久しぶりにみました。
何度も見ているのに、不思議な事に一度見始めてしまうと、結末は分かっていても最後まで止まらなくなる不思議な「かっぱえびせん系」効果のある映画です。
面白かったのが今日のニュース。
プリティ・ウーマン放送中の視聴率が21パーセントで、今年に入って異なった放送局で計4回全国放送されているのに、全て視聴率が20パーセントを超えると言うのです。
スペインでも、20パーセント以上の視聴率をとる番組はサッカー以外ほとんどないと言われているのに、このプリティ・ウーマンパワーはすごいようです。
この映画が映画館に登場した頃、皆さんにはプリティ・ウーマン効果に関わる思い出、ありますか?
私はこの時ミュンヘンで留学中でした。
貧乏苦学生で、ピアノの練習と日本食レストランのバイトと何度読んでも分からない楽典や歴史の教科書と辞書とのにらめっこの苦しい毎日でしたが、この映画を見に行って、夢が膨らんだ事を思い出します。
そして、その頃とても仲良かった友人でいきなり、「突然現れた高収入高学歴という方」と結婚して忽然と去って行った人もいました。
いつも一緒にいて、沢山の夢を共に語りあったこの友人との別れは、私にとってその後何年も忘れることのできない悲しくも、今となっては懐かしい思い出です。
それにしても、この映画を初めて映画館で見た時は、ジュリア・ロバーツもリチャード・ギアもドイツ語を話していました。しかも当時ほとんど何を言っているのか解らず、劇場の観客の笑いの中、一人取り残される自分に相当落ち込んだ記憶があります。
そして、スペイン語を話す昨日のジュリアはこれまた何とも可愛くて、つい21パーセントの視聴者の一人として見入ってしまったのでした・・。
毎日皆さんから届く楽しみなメールの中で、楽譜はありますか?というお問い合わせをよくいただきます。
すみません。まだ出来ていません。・・でも、今頑張って書いています。
なんとかこの夏までには書きあげようと頑張って書いているところです。
「レコーディングしてるんだったら楽譜になっているんじゃないの?」
とお思いになりますよね。
楽譜になっていることはなっているのですが、実はミネ語で書かれた楽譜になっていて、半分は楽譜、半分は絵とかミネマークとかになっていて、普通には解読不能な状態になっているのです。
それを拍子で数えて、小節で区切って、五線譜に書き直すのがこれまた結構複雑で、本人も何だかよくわからなくて自分の録音を聴音して書きとっている始末です・・。
ところが、これがライブとなると何故か全音覚えているのです。自分の書いた曲だけは絵のように視覚的に覚えているからなのでしょうか・・。
楽譜に起こすのは複雑ですが、出来上がった楽譜自体はそんなに難しくないと思うので、少しピアノを弾いたことがある方にはきっと楽に弾いていただけるのでは、と思っています。・・・複雑なハナシですみません。
更に、7月にスペインでリリースする新しいピアノソロアルバムを再来週マドリッドでレコーディングすることになっていて、そちらで相当必死な毎日で少々泣きたい今日この頃です。
楽譜を楽しみに待ってくださっている皆さん。どうかもうしばらくだけ待ってください。
ここ一週間で日中の最高気温が40度まで上がるようになってしまいました。
どっちが頭か尻尾かわからないくらい毛むくじゃらの我が家のワンコもさすがに茹りそうになっていてかなり辛そうなので、近所の友達が経営しているペットショップに連れて行き、毛をバッツリ切ってもらいました。
そしたらあれまあ、それはそれは小さな犬となって、目と鼻だけがボチンボチンボチンと3点が同間隔で三角形を作り、むしろ犬というより、ほとんどアザラシの赤子となって帰還。
しかもガリガリで、普段は毛に隠れて見えなかったブチ模様がダルメシアンもビックリするぐらいバッチリ浮き上がって、シミがオリンピックの和のように全身に広がり、もう誰がどう見ても盗みたいとも思えない可愛くないキタナイワンコとなったのでした。
どうも本人も自覚したようで、毛を切った直後から普段の偉そうな態度から急に謙虚になってしまいました。犬は犬なりに実は相当なこだわりがあるのではないかと思います。
毛を剃り倒してくれたペットショップの友人にカット代を支払おうとしたら
「いらないけど、その代わりにお願いがあるの」
と言われました。
そのお願いとは、25歳の彼女がかねてから全身に少しずつ入れ足しているタトゥに、今度は招き猫を入れたいので、その図案と手を上げている猫の腕に入れる「福」と言う漢字を描いてくれと言うのです。
スペインでは刺青を入れる若者がとても多くて、女の子も男の子も気軽に刺青ショップに通います。体の何処に入れるかと言うと、人にもよりますが、男の子は筋肉が目立つ所に、女の子はお尻とか胸元とか、晴れてカレシだけが見ることのできる部分に入れるのを好む傾向があるようです。
しかも最近は漢字を入れるのが流行っていて、一度知り合いが念願の刺青を入れたので自慢げに首の裏を見せてくれたことがありました。
「幸せの青い鳥」
と言う意味の漢字を入れてもらったと言うのです。
見てみると、そこにドーンと刻まれていたのは
「青い車」
本人に伝えて良いものなのか、言った所で訂正できないのでやめた方がいいのか・・このいい加減さがまた面白いといえば面白いです。
それにしても困ったことになりました。
一生消えない刺青に関わるくらいなら、アザラシになった犬のカット代を払う方がよっぽど気が楽かな・・。
皆さんは旅に出ると、そこでしか食べれないものを食べようと日常に増して食に欲張りになりませんか。
どれだけ反省しても、私はその欲望に間違いなく振り回されます。
しかも、旅に出ると、人が作るレストランだけでは物足りず、マイ包丁「有次くん」も持って行って、市場で面白そうな食材を発見すると買って自分で料理をしてみないと気がすみません。
しかし、コルドバに戻った先週。我ながら
「これは、いくらなんでもヤバいだろう」
と思うほど丸い自分に愕然としました。しかも、全体的にほのかに日焼けしたのが原因か、強いて言うと、ちびくろサンボな私が鏡の向こうにいるではありませんか。
そして今日。心を固く決めて冷蔵庫に
「本日断食」
という張り紙をデッカく貼りました。
コンサート当日なんかは、したくなくても断食のような一日になるのに、自宅で一日ピアノと向う日の断食は拷問以下です。
通常、
曲を作る→野菜の下ごしらえをする→曲を作る→炒める→曲→煮る→曲→炒める→曲→切る→曲→オーブンに火を入れる→曲→味見→曲・・・・
という風に曲を作ります。 更に厳密に解説すると、
ジャガイモの皮をむきながら、メロディや曲全体の構造が思い浮かぶ→ピアノに向かって楽譜に書く→玉ねぎをみじん切りにして飴色になるまで炒めながら、曲の転調先の調性が決まる→ピアノに向かって楽譜に書く→鍋を火にかけてアルデンテに茹るべく熱湯の中でうごめくパスタを見ながら、第2主題の旋律が決まる→ピアノに向かって楽譜を書く・・・
このように作曲をします。ところが断食をすると、
曲を作る→曲を作る→曲を作る→曲→曲→「ウガーッ」・・・・
となり、何も思い浮かばないのです。
食材と手を動かしていないと、メロディが出てこないのです。
なので、今日のワンコのご飯は物凄い手が凝っています。しかも、豚の耳と鶏のモツと羊の軟骨を買いに市場にまで走ってしまいました。
そして素晴らしいワンコリゾットが出来上がったのです。
自分には基本的に食べれないほど嫌いな食材はありませんが(いや・・でも、ボリビアのアマゾンで勧められた元気なイモムシだけは無理だった)、自分からは進んで料理をしようとは思わない食材「肉の臓物系」は、断食中ですらそんなに食欲をそそられないので、ワンコのご飯で曲を作るという新作曲法と言うなかなか良い発見をしたぞ、とちょっと幸せな気分になった今日一日でした。
先週北スペインを旅して、本当に美しいと思う景色に何度か出逢いました。
その一つがローズマリーの花の山。
ローズマリーが山ほど生えているなんていう規模じゃないのです。
標高1000メートルくらいの山ひとつ、麓から山頂までローズマリーのみがビッシリ覆っていてギッシリ花が咲いているのです。
なので、遠くからみるといきなりピンク色の山に見えます。
そしてそのピンクの山は一つだけではなく連なり、「ピンクな山脈」になっているのです。
同行した日本から来たカメラマンさんも
「なんだこりゃあああぁ」
と叫んでいました。
それと同じように、山ひとつ全部オレガノという山脈もありました。
その山を通過する時には、なんとなくトマト系のパスタになった気分でした。
さらに同じように、山ひとつ全部タイム!というバージョンもありました。
さらにさらに、少し南下して中央スペインに入ると、今度は地平線まで全面真っ赤なケシの花!っていうのもありました。
目が覚めるような、まるで血のように濃厚な赤色が永遠と続くのです。
「こんな色ウソだろって、絶対誰にも信じてもらえないんだろうな・・」
撮影をしながら呟く可哀想なカメラさんでした。
やっぱり北スペインの植物の育ち方はすごいなあと思いながら南スペインのコルドバに戻って、ふといつもの見慣れた景色を見てみると・・・
どっちを向いても365度地平線まで全面オリーブ一種類。
北も南もスゴイです。
サンティアゴ巡礼の道から戻りました。
どこからお話して良いか分からない程、長く深い道でした。
「ロンセスヴァイェス」という、ピレネー山脈のフランスとスペインの国境にある出発地点があるのですが、この森が素晴らしかったです。
朝6時。まだ朝もやの中に星が見える頃、多くの巡礼者が既にリュックを背負って700キロ以上先にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩き始めていました。
森には黒歌鳥という、体は真っ黒でくちばしがオレンジ色の鳥の鳴き声の森でした。何処にいるのか分からないのに、まるで何かを話しているかのような長い鳴き声が森中にこだまして、この世の風景とは思えない朝でした。
「サンティアゴ巡礼の道」とは、キリスト教三大聖地のひとつ、サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かってヨーロッパ各地から、この街に向かって繋がる道の事です。一番有名なルートはピレネー山脈から始まって、北スペインを西に向かって続く「フランス街道」です。1000年以上の伝統があって、スペインの国土回復運動にも大きく影響したと言う様々な歴史を刻んだ道でもあります。今でも毎年10万人近くがこの800キロの街道を歩いています。
「サンティアゴ」はキリストの12人の弟子のひとり、ヤコプさんの事です。この人の遺骨がこのサンティアゴの大聖堂に納められているので、この街がローマ・エルサレムに並んでキリスト3大聖地とされています。
今年は数十年に一度巡ってくる「ヤコプ聖年」です。それで今年は世界中から巡礼者がこの道を歩きにやってきていて街道も大賑わいです。
そんな訳で、今年は様々なイベントが催されるのですが、その催しの一つとして、私も街道上で野外コンサートをしながら巡礼するというツアーをするという有難い幸運をいただきました。
トラックに特設ステージとグランドピアノを積んで巡業するというキャラバンコンサートツアーです。
「ここがコンサート会場です。どっち向きにピアノを置きたいですか?」
と巡礼地の一つルーゴの大聖堂前広場に案内されました。
その大聖堂の美しさと大きさに圧倒されながら、想像をはるかに超えた規模に青ざめていく私・・・。
大変な事になってきました。
考えていたプログラムを大幅に変更して、新たに曲作り開始です・・。
先週の日曜日、NHKハイビジョン番組「猫のしっぽ、カエルの手」が放送されて、多くの方からメールとCDのご注文をいただきました。
本当にありがとうございます。
皆さんからいただいたメールは必ず読んでいます。また、ご注文いただいた皆さんの住所を一つ一つ見て、このCDが私の代わり(?)に旅立つんだと想像しながらその行き先の風景を思い描いて楽しんでいます。
出来ることなら、自分がピアノを背負って旅ができたらな・・・と思うほどです。
ご注文いただいた方には、数日中に確認のお返事を東京の事務所の方からお送りしています。
明日から一週間、旅に出ることにしました。
北スペインのサンチアゴ巡礼の道を歩いてきます。
今年の夏、スペインで始まる巡礼の道コンサートツアーの作曲をしている所なのですが、ひとまずピアノの蓋をしめて、耳を澄ましに行ってきます。
「巡礼の道コンサートツアー」は、7月にスタートします。
巡礼道の様々な場所で特設ステージでの演奏会をして、8・9月にはガリシア州のポンテベドラ、ルーゴ、オレンセ、巡礼終着地サンチアゴ・デ・コンポステラで大きな演奏会を行う予定です。
そしてこの巡礼最終地は故郷日本。10月2日の京都・清水寺舞台です。
巡礼道の途中でインターネットの環境があれば、日記を更新したいと思っています。
もしその環境がなければ・・・またコルドバに戻った時に報告いたします。
それでは行ってきます。
今日のコルドバは久しぶりにメチャクチャ良い天気です。
よって、近郊のオリーブの花も咲きまくりです。
今朝の天気予報で思わず笑ってしまったのは、アンダルシアの天気予報でハンサムで人気者の気象予報士のお兄さん。
彼もどうやらオリーブの花粉症で、
「今日はどこもかしも、それは良い天気になるでしょう・・・」
と言っているその鼻は完全に詰まり、大きな素敵な目も血走って涙目。
アンダルシアのみなさん。あと少しの辛抱です。咲き終わるまではあともう少し・・。
この花がさ咲いてくれない事にはオリーブの塩漬けもオリーブオイルも無いのだからと思って頑張りましょう・・・
そう自分にも言い聞かせるのでした。
さて、そんなお天気な午前、家から歩いて5分の所にある美術館に、今月から特別展が開催されているチリダ展に行ってきました。
チリダ(スペイン人は「チイーダ」と発音します)は、スペインのバスク地方出身で世界的によく知られた彫刻家です。
今から8年程前に78歳で亡くなりましたが、今でも世界中で愛され続けて、なお多くの展覧会が開かれています。
そんな彼の作品を見てきたのですが、彫刻の事はよくわからない私ですら、思わず作品の前から離れられなくなるほど惹きつけられる不思議な力がありました。
大理石、鉄、粘土、紙など素材は様々です。でも、どれも何とも言えない内からの膨らみがあったり、曲がった直線のような、真直ぐな曲線というか・・言葉で説明しようとすると何だか複雑な事になってしまいますが、実際の作品はあっさりシンプルです。
不思議なのは、初めて見るものばかりなのに、自分の深い部分に仕舞ってある記憶の中の何か懐かしいものと重なることです。
作品なので手にとって触ることはできないけれど、実際触ったらどんな感触が手に残るかを確信に近い形で知っている自分がいるのです。
小学生の通学路での途中で、毎日歩きながら触った古い大木の切り株とか、雨が降った後に出来る砂場の小さな地割れとか、思い通りに作れない紙粘土を悔しくて勉強机の面に押しつけて壊した時、手の汚れが粘土に入ってちょっと黒い色が混じって表面が平たくなった粘土の表面とか・・
そういえば、彫刻家の私の弟もチリダが大好きで、沖縄の芸大を卒業した後にバルセロナで彫刻をする為に住んでいた時期がありました。
本人の話によると、ある日チリダの巨大な作品がある北スペインの街、サンセバスチャンに旅をして、チリダの作品をスケッチしていたのだそうです。
すると、犬を連れた老人がやってきて、弟に
「君はこの彫刻が好きかね?」
と尋ねたそうです。
その老人がチリダ本人だと分かった弟は、その場で身動きができなくなり、せっかく持っていたスケッチブックも鉛筆も固く握りしめたまま、サインも握手ももらわずに、犬と共に去っていくチリダを茫然と見送ったのだそうです。
チリダの作品の中で、最も好きなものがあります。
サン・セバスチャン市のサンタ・マリア教会の中にある大理石の十字架です。
スペインの老若男女、みんなが大好きな食べ物があります。「ボカディーヨ」(サンドウィッチ)です。
日本で言うと、「おにぎり」的な質感だけど「ラーメン」的な愛執感と常習性を足したような存在が、このボカディーヨです。
スペイン全国何処に行っても
「ここのボカディーヨは行列ができるくらい旨い」
とか
「この街に来たら、このボカディーヨを食べなくては」
など、全国展開するボカディーヨのファストフードチェーン店もあるほどです。
では、そのボカディーヨがそんなに旨いのかというと・・・私にはそれを理解するのに相当な年月を要しました。
ボカディーヨとは、フランスパンのようなバゲット系パンで、スペイン人が毎日食べるスペインパンを側面から並行に切って、その中に生ハムやオムレツ、チーズなど、いわゆる「タパス」を挟んだもので、別な言い方をすれば
「お持ち帰りタパス」
てな感じです。ここまで聞くとおいしそうな気がします。
しかしここに重要なポイントがあります。
まず、そもそも「スペインパン」は500年前にフランシスコ・ザビエルが日本に上陸した時に焼いていたパンと同じレシピであろう、と言うくらい素朴です。フランスパンのような気のきいた味や食感とは違って、小麦粉の香りだけがしっかりした、
「パンですっ」
という感じのパンです。
次に、中にはさむ食材。これは色々あって、ここに地方色やそれぞれのこだわりなどがあって面白いです。たとえば、
生ハム(何故かドングリしか食べていない黒豚などのベジョータよりも、安物の白豚+飼料でそだったセラーノの方があったりします)
サラミやチョリソ(その地方ごとのおいしさがあります)
チーズ(マンチェゴの固いチーズがよくあいます)
イカリング(いわゆるイカの天麩羅です)
トルティーヤ(スペインオムレツ。マドリッド風の卵はやや半熟の方が美味しいです)
オリーブ漬けの豚の焼ヒレ肉+揚ピーマン
ツナの缶詰
・・・・
など、種類は果てしなくあるのですが、作り方は非常に簡単で
①パンを切る
②食材をパンに挟む
おしまい。
ただでさえポソポソとしている素朴なパンなのに、バターもマヨネーズも辛子もなにも塗ってくれません。ましてや、レタスもトマトもマヨネーズもハーブも何も無しです。
食べると以下のようになります。
場合によってはパンが30~40センチくらいあり、まずカジれどカジれど、タパスまで到達しません。
そして、パンの食感上、口中の水分がスポンジのようにパンに吸い上げられ、口の中はパン粉の砂嵐が吹き荒れる砂漠のようになります。
普通の日本人なら、この段階で断念しそうになります。でも、ここで諦めてはなりません。
ここからが面白いのです。
過酷な状況を突き進んでカジり続けていくと、突然、まるでオアシスが出現するかの如く、タパスが姿を現すのです。
仮に、これがイカリングのボカディーヨだったとしましょう。
小麦粉の香りしかしない淡泊で乾燥しきった口の中に、まずイカリングの衣から染み出たオリーブオイルの揚げ油が微妙にパンに沁み込んだ部分に到達します。
その香ばしさには小さな感動が伴います。まだイカはそこにいないのに、誰かが居る、何かが起こる、という希望に近い気配・・・。
そして、そこから三カジりほどで、第一リング目のイカに到達するのです。
乾燥しきった口の中に広がる、今までは有難いとも嬉しいとも感じたこともないイカのポヨポヨ食感と香りが、砂漠のオアシスの泉に咲く蓮の花のように煌めくのです。
この瞬間、
「ああっ、何て美味しいの」
となるのです。
そこからは長いです。40センチもあるボカディーヨを買ってしまった場合は、その段階から約32センチ程にわたって、少なくとも17,8のリングのイカが続くのです。
ところが、そのリング達の重なり用によって、口の中がイカイカして肉肉しくなったかと思えば、衣だけになって油で妙にジューシーになったかと思えば、衣のある一部分がサクサク・・・ひとつのカジりに対して口の中で展開する衝撃と感動は、決して同じ状態を繰り返すことなく、続いて行くのです。
次はどうだ!今度はどうだ!次こそは!とりゃーーっ!と無我夢中、もしくはヤケクソの内にカジり突き進んでいってしまうのです。
そして、とうとうイカリング全てを制覇して、なにもないパンだけの最後の部分に到達し、口の中が再び砂嵐の砂漠の中と戻る頃・・・・
音楽用語ではこの部分を「コーダ」と言いますが、ここには全てが終わったという静けさと同時に、言葉では尽くせない神々しい征服感と、「イカ」という、普通見向きもしなかった食材への存在感に感謝の気持ちすら湧いてくるのです。
ボカディーヨ、皆さんもスペインに来た時には是非一度戦ってみてください。
8個めくらいから、きっとハマると思います。
スペイン全国の天気予報をテレビで見る時、いつも思うのですが、ポルトガルを入れたイベリア半島の形は、どう見てもアメリカ方面を見ているショパンの横顔に見えるのですが、そう思うのは私だけでしょうか・・・。
厳密に解説しますと、ポルトガル全体が顔、リスボンのあたりが鼻の穴、残りのスペインが、やや波立った髪の毛と言う感じです。
暇な方は是非地図を見てみてください・・・。
きっとショパンに見えるはずです。
数日前から再びアイスランドの火山灰の影響でスペインの多くの空港が閉鎖されていましたが、今日はほとんどが運航を開始しました。
昨日までコルドバに滞在していた友達も、マラガを午前11時発の便で発ったものの、その5時間後にはマラガの空港も閉鎖されてしまいました(よかったー)。
コルドバから140キロ離れたセビージャの空港も、170キロ離れたマラガの空港も閉鎖中ですが、空を見るとどう見ても火山灰らしき色も雲もなくて、それは美しい青空が広がっています。
でもこの春、一つ気になることがあります。
空の色と雲の形です。
今までスペインでは見たこともないような種類の雲が毎日空を彩っているのです。
この雲が、どう言うわけかキューバの雲とそっくり。
キューバの雲はどんな雲かというと、言葉で表現するのはとても難しいのですが、キッパリしているというか、一つ一つの雲の存在感がガッシリしていて、近い所にあって生き物のようというか・・・うーん、分かりやすい説明ができません・・。
「わーい、キューバみたいー!」
と喜んで毎日空を見上げていましたが、スペインも日本に負けずに異常気象の春です。まるでスコールのような雨が突然降ってくる事もあります。
アイスランドの火山灰の影響は、もしかしたら飛行機の運航だけじゃなくて天候そのものにも影響を及ぼすということもあるのでしょうか・・。
ビネッテさんのイラストが入ったパステルカラーの素敵な名刺は私の「大切なもの箱」の中にずっと静かに入っていました。
時々その名刺を手にとって
「絵葉書を送ってみようかな・・」
と思った事もあるのですが、私のようなただの貧乏学生が連絡をするなんて、恐れ多い失礼な事だと思い、いつかまた会える日が来たらいいな、と願いながらまた箱の中に戻してふたを閉じていました。
それから10年程の年月が過ぎました。
その間に私はドイツの大学を卒業し、スペインに行き、キューバに行き・・そして、日本に戻って東京でドイツ語とスペイン語の通訳のアルバイトをしながら何とか暮らしていました。
そんなある日、東京の外苑前で開催されるミュンヘン市が企画する「バイエルン展」という展覧会での通訳の依頼がありました。
約束の時間に展覧会場に行くと、私が通訳を担当する予定だった
「ミュンヘンからやってくる展覧会の最高責任者のドイツ人」
が扉を開けて入ってきました。その顔を見てお互いビックリ。
ビネッテさんのご主人だったのです。
その時以来、私もミュンヘンにいく時には必ずこの素敵な夫婦の家に遊びに行くようになりました。
この夏には、最近修復が終わった北イタリアにある農家の別荘に遊びに行くことにしています。
そして、この二人の別荘がある北イタリアの小さな村には、私の全く別の友人が暮らしていて・・・・
まるで円を描くミラクルのように「偶然」の話は終わらないのです。
先週のミュンヘンは春真っ盛りの本当に美しい時期でした。
沢山の花が咲く森のような庭の中にある彼らの家の中はまさにメルヒェンの世界です。
キッチンや階段の壁やタイルにはビネッテの描く虫や草花、妖精が一杯。
そんな妖精が住むような素敵な家から更に数軒先に行くと、昔私がお世話になった老夫婦の家があります。
今はその二人は亡くなって、知らない人が住んでいますが、懐かしい学生時代にそのままタイムワープしてしまいそうなほど、同じ樹木の香りが大地から湧きあがるように広がっていました。
20年以上前、初めてドイツに来た日に聞いた声と同じ音階で、静かなグレーフェルフィングの森の中を黒歌鳥のさえずりだけが響いていました。
どうして、これだけの時を場所を超えて何度も同じ人に出逢えるのか、何かの意思が働いているのか・・・もしかしたら全てを知っているのは、この黒歌鳥だったりして・・・。
地球には、自分には見えない何かで繋がっている素敵なことがいっぱいあるな、と思う事がよくあります。
先日ドイツのミュンヘンに行った時に、古い友人に久しぶりに会いました。
友人は、ビネッテ・シュレーダさんという、世界的にとてもよく知られた絵本作家です。日本でも沢山の絵本が日本語に翻訳されて出版されています。また作家、ミヒャエル・エンデの挿絵も沢山手がけていることでも知られていて、彼女の描く世界は本当に独特で、光と影と色彩がこの世のものとは思えはいほど美しくて豊かです。
自分の見る夢に出てくるような色彩でもあって、彼女の絵本を開いた瞬間、別な次元に引きこまれるような感覚さえあるような絵を描く人です。
実はこの彼女との出逢いが、とても不思議なのです。
貧乏学生だった私は、当時はまだミュンヘンで珍しかった日本食のレストランでアルバイトをしていました。
そのレストランには面白いお客さんがいつも沢山来ていて、その中の一人に、「ネバーエンディングストーリー」や、「モモ」などを書いた作家のミヒャエル・エンデがいました。そのエンデさんがある日、彼の挿絵を描いていたビネッテさんを連れてお寿司を食べにやってきたのです。
ビネッテさんがレストランにやってくるちょっと前に、母から国際郵便で日本の雑誌が届きました。
その雑誌は、絵本作家の私の母が当時よく絵を掲載していた大人向けの絵本雑誌「MOE」というもので、たまたま送ってもらったその号がこのビネッテ・シュレーダの特集号だったのです。
特集にあった写真で見た顔がそのままお寿司を食べているので、私も思わず
「ビネッテ・シュレーダーさんですか?」
と声をかけたのが全ての始まりでした。
その時はほんの少ししかお話する時間はありませんでしたが、別れ際にビネッテさんから素敵な名刺をいただきました。
その住所を見て更にビックリ。
グレーフェルフェイングという私が下宿をしていた家と同じ地区の、同じ通りに住んでいるのです。
このグレーフェルフィイングという地区は、ミュンヘンの郊外にあって今で言う「超高級住宅地」という場所。
私が下宿していたお家も貴族出身の老夫婦が住む古い家でした。
住み込みのお手伝いさんが居て、躾にも言葉づかいにもとても厳しい厳格なドイツ人夫婦で、私にとってはドイツの育ての父母のような人でもありました。
この老夫婦が一匹の大型犬を飼っていて、その犬の散歩が私の毎日の日課でした。
「犬を連れて歩いているあなたをよく見かけますよ」
帰り際に、ビネッテは私に言いました。
犬を飼っているビネッテも、散歩している私を見ていたのです。
なんだか、予想を超えてとっても長い話になってきました。
今、日本から友人が来ていて明日マラガの飛行場に車で送ることになったので、明日また戻ったら続きを書きます。
昨年の12月暮れに買ったデスクトップパソコンが昨日、家に届きました。このパソコン、8度目の到着です。
8台買ったのではなくて、8回取り替えてもらったのです。
初代のは起動せず、2代~5代はいきなりフリーズし、6、7代目はインターネットが接続できず、8代目は・・・・このままおとなしく問題なく機能するとは思えないけど、とりあえず昨日・今日と動いています。
なんど返品をお願いしても取り合ってくれないし、もういいからと言っても頑張って何度も持ってきてくれるし・・・。
ここまで来ると
「よっしゃ、面白いじゃねえか」
と、8代目のパソコンが再びフリーズするのがちょっと楽しみなのでした。
「今回のパソコンは、本当に新品だから、絶対大丈夫です!」
・・・って自信たっぷりで持ってきてくれましたが、じゃ、今までのは新品じゃなかったってこと・・・?
先週からアンダルシアはオリーブの花が咲きまくりです。
今日は用事があってバエナという、ただでさえオリーブしか生えていないアンダルシア地方の中でもさらに四方八方オリーブしか生えていないという果てしないオリーブ地方に行ってきました。
何百キロと続くオリーブの木がほとんど白く見えるほどお花が一杯・・・なのは良いのですが、川上、目と鼻が潰れそうです~~~。
今まで一度も花粉症になったことが無かったのに・・・、そして日本に行ってもマドリッドに行っても全然花粉症にならないのに、オリーブの花には参りました!!!!
そういえば、最近街でも、ダースベーダーのようなマスクをつけて歩いている人が結構いたのは、オリーブ花粉症だったからなのね・・・。
コルドバの家の窓からは、郊外に広がる農地の地平線が見えるのですが、どっちを見ても全部オリーブの木。逃げられません。
恐ろしい事になってきました。
ダメです。とてもパソコンが直視できない程、目も鼻もウルウルです。
今日は寝ます。
先日、日本に帰国している時に大阪の源氏という季節料理のレストランでバルセロナからの料理人を迎えて食の「競演」・・じゃなくて、「饗宴」というイベントに携わりました。
「COCINA FUTURO」というスペインの料理専門雑誌に最近よく記事を書いているのですが、昨日と今日はこのイベントについて特集記事を書いています。
そのイベントで出たディナーコース。こんなメニューでした。
①ピンチョス盛り合わせ(ホタルイカの燻製、クリスピー北京ダック、牡蠣、グリッシーニと生ハム、子持ち昆布、ワカサギ)
②ゲンジ風スペインオムレツ
③盛りだくさんの春野菜。トマト、タケノコ、ソラマメ、なす、長いも、木の芽など春の野菜を一口ずつ香ばしく料理したもの
④梅干しとシソの冷たいブイヨン、ビーツで出来た器に入ったスタイリッシュサラダ
⑤天然桜台の磯部風蒸し焼き、ごま豆腐
⑥米粉でつつんだチョコレート
⑦タコのガリシア風、柔らかく煮たタコ・塩ゆでしたジャガイモにパプリカパウダーをふったもの
⑧メロンシャーベットの入ったガスパッチョ
⑨フォアグラ、生・焼・テリーヌ・ムースの4つの食感
⑩マグロ、青リンゴとあえたタルタルと山椒の包み焼き
⑪キノコとハモンイベリコ、黒トリュフのリゾット
⑫イベリコ豚の2つの部位のロースト
⑬カタルニア、ナバラ、ラ・マンチャ、エストレマドゥラのチーズ盛り合わせ
⑭魚介と野菜のパエリア
⑮クレマ・カタラナ、チョコレートのシャーベット、焼いた牛乳
①~⑥大阪のレストラン・源氏の料理
⑦~⑮バルセロナのレストラン・ネクタリの料理
それにしても、おいしかった料理を言葉に変換して伝えるというのは、感動した風景をピアノの音に変換して伝えるよりもよっぽど難しいと思いました。
しかも思いだせば思いだすほどお腹が減ってくるではありませんか・・・。